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これまでこのブログでは、愛国カルトがいかに一次ソースを確かめずに、SNSやまとめサイトで流れてきたデマ情報を鵜呑みにしているか、その危険性をずっと述べてきました。

「在日韓国人の生活保護費は2兆3000億円」という、掛け算ができれば騙されないようなデマを吐く人と、それに騙される人。(参照

「オバマ大統領が日本は単一民族国家で羨ましい」と発言したというまとめサイトのデマを無批判に信じる人(参照

「日本の民度が世界一と国連が認定」
というデマを信じて拡散する人とそれを盲信する人(参照)。

記事が配信された日づけさえ確かめない人たち参照)。
 
挙げればキリがないです。共通することは、どれもちょっと自分で調べれば騙されずにすんだという点です。 事実を信じるのではなく、自分が信じたいこと、自分に都合のいいことだと、事実確認もしないでまとめサイトやSNS情報なんて信頼性の低いものでも鵜呑みにする、「見たいものを見る」「信じたいことを信じる」という心がデマを生み、人を傷つけます。

今年の東京大学の入学式での式辞が、まさにこのことに触れた内容だったので紹介したいと思います。 

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教養学部の石井洋二郎学部長はこう述べました(東大HP)。

そうした情報(※虚偽が混じった情報)の発信者たちも、別に悪意をもって虚偽を流しているわけではなく、ただ無意識のうちに伝言ゲームを反復しているだけなのだと思いますが、善意のコピペや無自覚なリツイートは時として、悪意の虚偽よりも人を迷わせます。そしてあやふやな情報がいったん真実の衣を着せられて世間に流布してしまうと、もはや誰も直接資料にあたって真偽のほどを確かめようとはしなくなります。

情報が何重にも媒介されていくにつれて、最初の事実からは加速度的に遠ざかっていき、誰もがそれを鵜呑みにしてしまう。そしてその結果、本来作動しなければならないはずの批判精神が、知らず知らずのうちに機能不全に陥ってしまう。ネットの普及につれて、こうした事態が昨今ますます顕著になっているというのが、私の偽らざる実感です。

しかし、こうした悪弊は断ち切らなければなりません。あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証してみること、この健全な批判精神こそが文系・理系を問わず、『教養学部』という同じ一つの名前の学部を卒業する皆さんに共通して求められる「教養」というものの本質なのだと、私は思います。

これこそが、まさに私がこのブログで伝えたかったことであって、「愛国カルト」が全く実践できていないことです。健全な資料批判精神が働かず、自分に都合のいい内容だと、どんな信用のおけないサイトの情報でも鵜呑みにする。ネットデマのほとんどは、情報ソースを確かめることさえ怠らなければ騙されるはずがないのです。


自分に都合のいい情報だからと言ってそれを鵜呑みにしない。事実を確認する。自分に都合のいい情報こそ疑ってみることが大切です。「愛国カルト」な人に関わらず、誰にでも、いつの時代でも、常に必要なことだと思います。

↓石井洋二郎氏の式辞の本
東京大学の式辞 (新潮新書)
石井 洋二郎
新潮社
2023-03-17

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