『アゴラ』に掲載された蓮舫批判をこれまで4回にわたり見てきました。







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名前で相手の人格を判断して批判する価値観の押し付け


『アゴラ』では、芸能活動時代から「蓮舫」と名乗ってそのまま現在でも名乗り続けていることを、日本への愛国心が足りない証左にしたり、子供の名前(翠蘭と琳)が中国風の名前だから「日本的なものを拒否して中華系にこだわっている」だの、「日本への愛国心を表現しろ」だの「国家への忠誠を示せ」だの(どうやってやれってんだ?)、「華人に国を乗っ取られるところだった」だの、もはやヘイトスピーチと言ってよい中傷が繰り広げられています。


日本人と外国人のハーフで、日本風の名前を持っていない人ぐらいいくらでもいます。サッカーのポープ・ウィリアム、陸上のサニブラウン・アブデル・ハキームなどが有名ですね。彼らや彼らの親も、「日本的なものを拒否している」とでも言うんですかね。そもそも、騎士(ナイト)とか瑠楓(ルカ)とか斗夢(トム)とか真里亜(マリア)といった名前がいくらでもある時代に、ハーフの名前を「日本への忠誠心がない」などと批判するとは、一体何を考えているのでしょう?


大体、本当に蓮舫氏が「日本的なものを拒否」しているのなら、そもそも日本国籍を取得したり、日本人と結婚したり、日本で政治家になったりしないんじゃないですかね。


そして、その論理の崩壊は、今回紹介する記事で頂点に達したと言ってよいでしょう。

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アゴラ8月29日

・名前や忠誠心を問題視する、法の下の平等という意識のない八幡氏


アゴラでも蓮舫さんの国籍問題、中国風の名前へのこだわり、日本国家への忠誠度への疑問、それも含めたスキャンダルについて、民進党が身体検査なしに代表にしようとしていることは疑問だと書いた記事を連続して寄稿してきた。

すでに上にも書いたように、中国風の名前へのこだわりについて他人がとやかくいうことではありませんし、「日本国家への忠誠度」なんてのもどう示せばいいのやら。まさか国が決めたことには反対せずに従えとか政府の悪口を言うなってことではないと思いたいものです。それじゃあどこぞの独裁国と変わりありません。


以前の記事でも書きましたが、アメリカに帰化する際にはアメリカ合衆国への忠誠を誓わされますが、そのとき誓うのはアメリカ政府への忠誠ではなく、アメリカ合衆国憲法への忠誠です。この理屈でいうと、現在日本の国会議員で最も国家に対する忠誠心がないのは安倍晋三総理大臣であることに疑いをはさむ余地はありませんね。


また、日本国憲法第14条に、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と書いてあるので、他の日本人議員には求めないような内容を、帰化人である蓮舫議員にだけ求めることも、法の下の平等という観点から問題があります。結局のところ中華系である蓮舫氏が国会議員をやっているのが気に食わなくてしょうがないので、無理やり言いがかりをつけて追い落とそうとしているだけだとしか思えません。



二重国籍自体は違法ではない


八幡氏は蓮舫氏の二重国籍を繰り返し「違法だ」と述べます。

かつて年金問題では加盟していない期間が短期あると言うだけで政治家として不適格といわれたものだ。国籍問題は、年金問題などとは重大性が根本的に違うし、違法な状態があったことがあれば政治家としての資格はない。

「国籍問題は、年金問題などとは重大性が根本的に違う」? はあ? 何で? むしろ年金問題の方が重大だろう。年金問題は「国民に年金を払え」と言っておいて政治家自身が払ってなかったから問題なのだし、みんなが払わなかったら年金制度が破綻してしまいます。しかし、日本国籍を選択する際に別の国の国籍を放棄することは努力義務にとどまりますので、二重国籍自体に違法性はないのです。


国会議員の要件も「日本国民」であることとはされていますが、多重国籍者を排除する規定はありません。


外務公務員の場合は日本国籍があっても「外国の国籍を有する者」はなることができないと決められています(外務公務員法第7条)。逆に言うと、外務公務員以外では二重国籍は禁じられていないわけです。もしも禁じるんなら外務公務員法みたいに書いておくことができるはずです。なのに「政治家としての資格はない」とかなどと言うのは論理性が全く存在しません。



帰化した人を野党第一党代表にしないのは「世界の常識」ではない


しかし、こんなのは序の口です。次の発言には私は度肝を抜かれました。

生まれながらの日本人でなく、少なくとも18歳まで中華民国人謝蓮舫として育った人をなにも首相候補たる野党第一党の代表にするべきでないと考えるのが世界の常識だ。

いったいどこの世界の常識!!??

これまでこのブログでは、ネトウヨさんたちが自分の思い込みを「世界の常識」とするのを紹介してきましたが()、ほとんどの場合、そんな常識など彼らの頭の中にしか存在しないのです。


八幡氏はアメリカを例に出し、八幡氏は「アメリカでは生まれながらに国籍がないと大統領に憲法上なれない」と述べています。しかし、アメリカの国籍は出生地主義であり、日本人の子供だろうが、不法移民の子供だろうが、アメリカ国内で生まれればアメリカ国籍がとれ、大統領になる権利が得られます。血統主義の日本とそもそも考え方が異なります。もしも日本がアメリカと同じシステムであれば日本生まれである蓮舫は生まれながらの日本人となるので、アメリカを引き合いに出すこの主張に論理性は皆無です。


出生地主義の国で実際に移民大統領が出た例が、有名なアルベルト・フジモリ元ペルー大統領ですね。彼は日本人の両親から生まれましたが、ペルーで生まれた(ことになってる)ので、ペルー大統領になることができました。(ただしペルーでは二重国籍保持者は大統領になれませんので、フジモリ大統領は日本国籍を放棄していなかったことがのちに問題になりました)


そもそも、現在の日本の法律では日本人の親から生まれれば、生まれながらに日本国籍になります。蓮舫氏の時代の法律だと強制的に父親の国籍になったのですが、現行の法律ならば、蓮舫氏は「生まれながらの日本人」だったわけです。なおのこと、生まれたときに中華民国国籍だったことを問題にする必要はないということになりますね。


さらに、フランスのバルス首相は、スペイン人とスイス人の間に生まれ、出生地もスペインです。彼は20代でフランスに帰化しています。

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↑バルス首相。天空の城が滅びそうな名前である。

また、フランスでは2012年の大統領選挙で、緑の党からエヴァ・ジョリというノルウェーから帰化した議員が立候補しています。


エストニア大統領だったトーマス・イルヴェス氏は、両親はエストニア人ですが、本人はスウェーデン生まれのアメリカ育ちです。


オーストラリア元首相のジュリア・ギラードはイギリス出身です。


日本人の母から生まれ、日本生まれ日本育ちである蓮舫氏が「野党第一党の党首になるべきではない」などという考えは、「世界の常識」などではないことは明らかでしょう。単に文句をつけることが目的の差別意識にすぎません。



さらに自分の妄想をぶちまける八幡氏


さらに、八幡氏はこう続けます。

テロの問題などがいろいろ出て、最近の世界では二重国籍が認められない、あるいは、二重国籍の場合には、国民としての権利を停止するような方向に流れていくと思います。

嘘です!

「二重国籍の場合には、国民としての権利を停止するような方向に流れていくと思います」って、いったい世界のどこでそんな流れが生じているのでしょう? 二重国籍の場合、外務省職員になれなかったり大統領になれなかったりという制限が加えられることはありますが、二重国籍で国民としての権利が停止されるなんて話は全く聞いたことがありません。むしろ事実は逆で、国際法学会のHPによれば「かつては重国籍を禁じる国が多かったのですが、最近ではこれを認める国が増加して」いるそうです。



また、Amie国際行政書士事務所というところのHPによれば、

世界では、アメリカ合衆国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、ロシアのように二重国籍を認める国が主流です。2018年のオランダのマーストリヒト大学の調査によると、外国籍取得時に自動的に自国籍を奪わない制度の国が国連加盟国の75%に上っていて、日本のように二重国籍を認めない国は世界の少数派です。

重国籍容認が最も進んでいるのは、南北アメリカやオセアニア地域です。アジアは世界平均から見ると、銃国籍を認めてる国は比較的少ないのですが、それでも次第に容認する国は増えています。例えば、フィリピンやベトナムなどは2000年以降に二重国籍を認める法改正をしています。韓国も2010年の法改正により条件付きですが、重国籍の容認に踏み切っています

とのことです。


さらに、2024年4月には、ドイツで重国籍が全面的に容認されるようになりました。



つまり、八幡は「二重国籍が認められない、あるいは、二重国籍の場合には、国民としての権利を停止するような方向に流れていく」とか言っていますが、現実は真逆の動きを見せているのです。自分の願望を世界の考えみたいに妄想してはいけません。


自分勝手な妄想を「世界の常識」扱いして他人に押し付けるなかれ


自分の考える「日本人像」と異なると、たとえ蓮舫氏が日本生まれ日本育ちで母親が日本人で日本国籍取得から30年もたっていても、「日本人」と見なそうとしない。子供の名前まで日本的でないと批判対象にする。


我々はそろそろこの排他的な「島国根性」とでも言うべきものを捨てるべきなのではないでしょうか。


アイゼンハワーがドイツ名だから大統領にするな、バラク・オバマがスワヒリ名だから大統領にするな、そんな時代は終わったのです。


政治家の資質を判断するなら、その政治家の子供の名前なんかじゃなく、政策や実行力を問題にしてもらいたいものですね。


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