百田尚樹氏の発言は目に余るものがありましたが、ついにこんなことまで言い出しました。
千葉大で起きた集団レイプ事件の犯人を、何の根拠もなく
「私は在日外国人たちではないかという気がする」と発言!!
ここまで来たか!
よくもまあ、ここまで何の根拠もなく発言できるものです。先日、和田政宗議員が、「よく調べないで中傷する左翼系ネットユーザーと違い、保守系のネットユーザーは徹底的に調べ上げてから批判する」などと言っていましたが、こんなに何にも調べずに妄想で発言している保守系ユーザー百田君のことを、和田議員はどう考えてるんですかね?
そもそも、在日外国人だから警察が名前を公表しない、などということがこれまでにあったんでしょうか? 在日外国人の犯罪でも、氏名を公表している犯罪はいくらでもあります。この事件に限って、犯人が在日外国人だから名前を公表しない、というのはおかしな推論です。
警察が公表しない実際の理由は、被害者の特定につながるから、ということのようです。性犯罪の場合、報道により被害者が特定され、さらに被害者が苦しむことがないよう、被害者特定に繋がる情報は公表しない、ということがあるようですね(全ての場合に報道されないわけじゃないようですが)


もちろん、この県警の説明が方便でないという証拠もないわけですが、なんにせよ、何の根拠もなく、特定のカテゴリーの人間に対する憎悪を煽るような発言をするのは、人間としてやってはならないことです。こういうところからデマが生まれ、関東大震災の際の「朝鮮人が井戸に毒を入れた」なんて噂が流れたり、特定マイノリティーへの差別が生まれたりするんでしょうね。百田氏ら本人には全くその自覚がないようですが。
百田氏は以前、「小説家に大切なのは作品だけだから、暴言などどうでもいいんだ」という趣旨のことを言っていました。
>>暴言なんかどうでもいい。
>>小説家にとっても、大事なのは作品であって、
>>暴言なんかどうでもいい(^^)
小説家にとって大事なのが作品だからといって、暴言を吐いていいことにはならないんですよ、百田先生。
意図的か意図的じゃないか知りませんが、小説家としての評価の話と人間としての人格評価の話とをごちゃまぜにして話をそらしてますね。百田先生、あなたの暴言で傷がついているのは、あなたの作品への評価じゃなくて、百田尚樹という人間に対しての評価なんですよ。
百田氏は相変わらずなのですが、さらに信じがたいのは、これが数百件もリツイートされ、この百田妄想を支持するコメントが多数寄せられていること。中にはこんな勘違いしたツイートも。
そもそもマスコミのスポンサーが「在日・特亜」という時点で大ウソなのですが、「マスコミが本名を報道していない」んじゃなくて、「警察が発表していない」という話なんですが、わかってないんですかね?
しかし、デマや妄想差別をまき散らす人がいる一方で、同時に百田氏に対する批判コメントも多く寄せられているのがせめてもの救いです。
誤解がないように言っておきますが、私は犯人が在日外国人ではない、と言っているのではありません。外国人である可能性もありますし、日本人である可能性もあります。情報が不十分なので、何も言えない状態です。こういうとき、基本的な姿勢として、「わからないことは判断を保留する」というのが正しいと私は思います。(専門用語で「エポケー」と言う)
事実を判断するには多くの証拠が必要ですし、証拠がいくらあっても単純に「○○は××だ」と決めつけられないものもいくらでもあります。
なにも「愛国カルト」に限った特徴ではありませんが、複雑でよく理解できないことを、自分が理解できるレベルに単純化、矮小化しようとして、「○○は××だ」と決めつける人は大勢います。「在日は反日だ」とか「日本人ならこう考えるはずだ」とか、そういうのが典型例ですね。実際にはそんなに単純じゃなく、いくらでも反例があるのに、自分のレベルまで落とさないと物事が理解できないのです。(これを私は「1ビット脳」とも呼んでいる)
(この「エポケー」という態度は、異文化接触の際には特に重要です。異文化には、自国文化では理解できない、判断できないことがいくらでもあります。それを自国文化の判断基準で善悪や是非を決めたりせず、本当に理解できるようになるまで、評価したり是非の判断をしたりすることを取りあえずやめておく。これが「エポケー」です。具体的には、インドでは手づかみでカレーを食べますが、日本文化の基準で「汚い」とか「行儀が悪い」とか判断しないで、とりあえず判断を保留して、実際に自分も手づかみでカレーを食べてみるようなことです。やってみると現地の人との距離が縮まっていいかもしれません)
わからないこと、決められないことは、とりあえず判断を保留する、ということは、偏見や妄想に陥らないためにとても大切なことです。「○○は××だ」というような単純化によって誰かを傷つけることも、今回の百田氏のように、何の情報もないのに「犯人は在日外国人じゃないか」などと妄想することも、わからないことは、わかるまで取りあえず置いておく、判断保留する、ということで避けることができます。
エポケー(判断保留)は、愛国カルトにならないため、偏見によって人を傷つけないための、大切なキーワードです。
===愛国カルトにならないために===
わからないことは軽率に結論を出さず、
取りあえず判断を保留すること(エポケー)が
大切である。
==========================
↓ブログ運営のための応援の支援をお願いします
OFUSEで応援を送る
Tweet

↓1日1回押さないと真の愛国者になれなくなってしまう呪いのボタン


千葉大医学部の学生の「集団レイプ事件」の犯人たちの名前を、県警が公表せず。
— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2016年11月23日
犯人の学生たちは大物政治家の息子か、警察幹部の息子か、などと言われているが、私は在日外国人たちではないかという気がする。
いずれにしても、凄腕の週刊誌記者たちなら、実名を暴くに違いないと思う。
千葉大で起きた集団レイプ事件の犯人を、何の根拠もなく
「私は在日外国人たちではないかという気がする」と発言!!
ここまで来たか!
よくもまあ、ここまで何の根拠もなく発言できるものです。先日、和田政宗議員が、「よく調べないで中傷する左翼系ネットユーザーと違い、保守系のネットユーザーは徹底的に調べ上げてから批判する」などと言っていましたが、こんなに何にも調べずに妄想で発言している保守系ユーザー百田君のことを、和田議員はどう考えてるんですかね?
保守系ネットユーザーと左翼系ネットユーザーの違い③。保守系→事実を調べ上げて批判。左翼系→事実かどうか関係なく確認もせず誹謗中傷。そのため、事実をとことん調べ上げる保守系がネットの中間層にも浸透し、メディアからの情報だけでなく自ら情報収集をする若者世代の保守系支持傾向が強まる。
— 和田 政宗 (@wadamasamune) 2016年11月8日
そもそも、在日外国人だから警察が名前を公表しない、などということがこれまでにあったんでしょうか? 在日外国人の犯罪でも、氏名を公表している犯罪はいくらでもあります。この事件に限って、犯人が在日外国人だから名前を公表しない、というのはおかしな推論です。
警察が公表しない実際の理由は、被害者の特定につながるから、ということのようです。性犯罪の場合、報道により被害者が特定され、さらに被害者が苦しむことがないよう、被害者特定に繋がる情報は公表しない、ということがあるようですね(全ての場合に報道されないわけじゃないようですが)

県警捜査1課は、非公表の理由について(1)被害者の特定につながる可能性があり、嫌がらせなどが懸念される(2)共犯関係などの捜査に支障が生じる-としており、今後も報道発表の予定はないという。(ZAKZAK参照)

「県警サイドは『わいせつ事件は積極的に広報していない』の一点張り。被害者の特定につながる可能性があることなどを理由に、発表を拒んでいます」(日刊ゲンダイデジタル)
もちろん、この県警の説明が方便でないという証拠もないわけですが、なんにせよ、何の根拠もなく、特定のカテゴリーの人間に対する憎悪を煽るような発言をするのは、人間としてやってはならないことです。こういうところからデマが生まれ、関東大震災の際の「朝鮮人が井戸に毒を入れた」なんて噂が流れたり、特定マイノリティーへの差別が生まれたりするんでしょうね。百田氏ら本人には全くその自覚がないようですが。
百田氏は以前、「小説家に大切なのは作品だけだから、暴言などどうでもいいんだ」という趣旨のことを言っていました。
>>政治家にとって大事なのは政策であって、政治家にとって大事なのは政策であって、暴言なんかどうでもいい。小説家にとっても、大事なのは作品であって、暴言なんかどうでもいい(^^)
— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2016年11月9日
>>暴言なんかどうでもいい。
>>小説家にとっても、大事なのは作品であって、
>>暴言なんかどうでもいい(^^)
小説家にとって大事なのが作品だからといって、暴言を吐いていいことにはならないんですよ、百田先生。
意図的か意図的じゃないか知りませんが、小説家としての評価の話と人間としての人格評価の話とをごちゃまぜにして話をそらしてますね。百田先生、あなたの暴言で傷がついているのは、あなたの作品への評価じゃなくて、百田尚樹という人間に対しての評価なんですよ。
百田氏は相変わらずなのですが、さらに信じがたいのは、これが数百件もリツイートされ、この百田妄想を支持するコメントが多数寄せられていること。中にはこんな勘違いしたツイートも。
@hyakutanaoki 確かにもし与党議員や警察や自衛隊等の子息であれば反体制派のマスゴミなら鬼の首をとったかのように喜びながら敵である彼等の実名公表する筈ですからねぇ…そうしないって事は彼等のスポンサーである在日・特亜か、もしくは彼等自身の身内の可能性が高いと思います。
— 八神 明 と近所の石屋 (@MTA_CROWLEY) 2016年11月23日
そもそもマスコミのスポンサーが「在日・特亜」という時点で大ウソなのですが、「マスコミが本名を報道していない」んじゃなくて、「警察が発表していない」という話なんですが、わかってないんですかね?
しかし、デマや妄想差別をまき散らす人がいる一方で、同時に百田氏に対する批判コメントも多く寄せられているのがせめてもの救いです。
誤解がないように言っておきますが、私は犯人が在日外国人ではない、と言っているのではありません。外国人である可能性もありますし、日本人である可能性もあります。情報が不十分なので、何も言えない状態です。こういうとき、基本的な姿勢として、「わからないことは判断を保留する」というのが正しいと私は思います。(専門用語で「エポケー」と言う)
事実を判断するには多くの証拠が必要ですし、証拠がいくらあっても単純に「○○は××だ」と決めつけられないものもいくらでもあります。
なにも「愛国カルト」に限った特徴ではありませんが、複雑でよく理解できないことを、自分が理解できるレベルに単純化、矮小化しようとして、「○○は××だ」と決めつける人は大勢います。「在日は反日だ」とか「日本人ならこう考えるはずだ」とか、そういうのが典型例ですね。実際にはそんなに単純じゃなく、いくらでも反例があるのに、自分のレベルまで落とさないと物事が理解できないのです。(これを私は「1ビット脳」とも呼んでいる)
(この「エポケー」という態度は、異文化接触の際には特に重要です。異文化には、自国文化では理解できない、判断できないことがいくらでもあります。それを自国文化の判断基準で善悪や是非を決めたりせず、本当に理解できるようになるまで、評価したり是非の判断をしたりすることを取りあえずやめておく。これが「エポケー」です。具体的には、インドでは手づかみでカレーを食べますが、日本文化の基準で「汚い」とか「行儀が悪い」とか判断しないで、とりあえず判断を保留して、実際に自分も手づかみでカレーを食べてみるようなことです。やってみると現地の人との距離が縮まっていいかもしれません)
わからないこと、決められないことは、とりあえず判断を保留する、ということは、偏見や妄想に陥らないためにとても大切なことです。「○○は××だ」というような単純化によって誰かを傷つけることも、今回の百田氏のように、何の情報もないのに「犯人は在日外国人じゃないか」などと妄想することも、わからないことは、わかるまで取りあえず置いておく、判断保留する、ということで避けることができます。
エポケー(判断保留)は、愛国カルトにならないため、偏見によって人を傷つけないための、大切なキーワードです。
===愛国カルトにならないために===
わからないことは軽率に結論を出さず、
取りあえず判断を保留すること(エポケー)が
大切である。
==========================
↓ブログ運営のための応援の支援をお願いします
OFUSEで応援を送る



↓1日1回押さないと真の愛国者になれなくなってしまう呪いのボタン



コメント
沖縄県における米兵の事件を把握して無かった事がバレたせいで
もう反日勢力に都合が悪いから隠してる論は使えないね
カルトってどんなに都合が悪い事実でも都合が良いように解釈するな