<ざっくり言うと>
- 「植民地に学校を作って教育制度を整えたのは日本だけ」という主張は大嘘。
- イギリス領インドにもフランス領インドシナにも、他の植民地にも小学校や大学が存在していた。英領インドはノーベル賞受賞者まで出している。
- 「日本の植民地では人口が増えた」とも主張しているが、他国の植民地でも人口は急増している。
- 百田尚樹やケント・ギルバートは、碌に調べずに差別とデマをバラまく人間なので、死んでもこんな奴らの言うことを信じてはならない。
↓何から何までデマだらけ
前回に引き続き、植民地の話です。百田尚樹やケント・ギルバートがこんなことを言っていました。

朝鮮は日本に植民地にされたと主張するが、植民地に莫大な金をかけてインフラを整備した欧米諸国はない。日本は国家予算のかなりをさいて、朝鮮に学校を作って教育制度を整え、ダムや橋を建設して近代国家にした。繰り返すが、植民地にこんなことをした欧米先進国はどこにもない。
— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2013年8月29日
>>日本は朝鮮に学校を作って教育制度を整えた。
>>植民地にこんなことをした欧米先進国はどこにもない
>>学校を作って庶民に教育を施したりするのは、同じ侵略などではない。インドネシアやパラオの人たちは「日本軍の統治は良かった」と喜んでいた。そもそも植民地の人々に武器を渡して軍事訓練をしたり、学校を作って庶民に教育を施したりするのは、搾取が目的だった白人国家の「植民地支配」ではあり得なかった。あなたは基礎知識が足りない。 https://t.co/DuUwCFNgt0
— ケント・ギルバート (@KentGilbert01) 2018年8月21日
>>搾取が目的だった白人国家の「植民地支配」ではあり得なかった
このブログにも早速こんなコメントが来ました。

>>大学を作った植民地支配なんて世界にない
百田尚樹も、台湾や朝鮮には「高等教育が用意されていた」から植民地ではないという趣旨のコメントに賛同するツイートをしており、「歴史から抹殺されたことの一つ」とか言っています。
これも歴史から抹殺されたことの一つ。@TOM11171219 大阪よりも、名古屋よりも先に京城に帝大が建てられたという事実。高等教育の場が用意される植民地w RT植民地に莫大な金をかけてインフラを整備した欧米諸国はない。日本は国家予算のかなりをさいて、朝鮮に学校を作って..
— 百田尚樹 (@hyakutanaoki) 2013年8月29日
妄想にもほどがある!! だれも歴史から抹殺などしてなどいないし、百田が主張する「植民地に学校を作って教育を整えた欧米諸国はない」というのは明確に嘘です。今回はそれを確認しましょう。
植民地の大学など珍しくない
欧米各国植民地にも学校や大学は数多く建てられています。
まず、イギリス領インドを見てみましょう。
こちらの論文によれば、インドではもともと教育が普及していたらしいですが、イギリスは教員養成機関を作り、「1901~1902 年になると、初等学校数は 97,800 校に増加し、就学児童数も 320 万人と なった 」とあります。イギリスはインドで初等教育も行っていたわけです。
高等教育は人材確保のために初等教育よりもずっと前から力を入れて行われていました。例えば以下のような大学があります。()は創立年です。
マドラス大学(1857年)
コルカタ大学(1857年)
ムンバイ大学(1857年)
バナーラス・ヒンドゥー大学(1916年)
デリー大学(1922年)
Dr. ビームラーオ・アンベードカル大学(1927年)
ケララ大学(1937年)
他にもいくつもの大学が作られています。そして、インドでは1913年にはタゴールがアジア初のノーベル賞受賞者となり、ラマンが1930年にノーベル物理学賞を受賞しています。これはアジア人として、そして有色人種として初の自然科学系でのノーベル賞受賞です。また、ラマンはイギリス留学組ではなく、マドラス大学で学んでコルカタ大学の教授となった、インド本国の教育を受けた人物です。当時のインドの大学教育のレベルの高かったことがうかがえますね。

↑有色人種初の自然科学系でのノーベル賞受賞者となったラマン
イギリスは保護国だったエジプトに1908年にカイロ大学を設立しています。他にも1829年に南アにケープタウン大学、1850年にオーストラリアにシドニー大学、1869年にニュージーランドにオタゴ大学、1905年にシンガポール大学、同年にマレーシアにもマラヤ大学が設立されています。
もちろん、大学を作っていたのはイギリスだけではありません。
ドミニカのサント・ドミンゴ自治大学の前身・聖トマス・アキナス大学の設立は1538年。コロンブスのアメリカ到達からわずか46年後です。
メキシコの王立メキシコ大学は1551年設立。
アルゼンチンのコルドバ国立大学は1613年設立。
チリ大学の前身は1738年設立の王立サン・フェリペ大学。
インドネシア大学はオランダ植民地時代の1851年設置です。(当時はまだ「大学」ではなく「医学校」だった)
フランス領インドシナでは、1907年にインドシナ大学(現ベトナム国家大学ハノイ校)が設立されています。
フィリピン大学は米国植民地時代の1908年に設立されています。
フランス領アルジェリアにはアルジェ大学が1909年に設立されています。
これらを見れば、日本が京城大学や台北大学を建てたことは、全く特別なことではないことがわかりますね。
人口が増えた、だから何?
教育についてだけでなく、「日本の統治時代には人口が倍になっている! 支配地域にこんないいことをしたのは日本だけだ」ということを強調する人もいるので、それも一言言及しておきましょう。
こちらにフィリピンの人口推移が掲載されています。それを見ると、米国植民地だった約50年間に、人口が700万人から1900万人近くにまで増えています。

植民地の人口が増えることなんて、何にも珍しいことじゃありません。
そもそも、「植民地」=「現地人を奴隷として働かせて搾取した」なんて考えが偏りすぎなんですよ。本当に、ピサロやコルテスみたいなイメージしか持ってないんじゃないですかね。
私は欧米の植民地支配を弁護するつもりなんて欠片ほどもないし、植民地支配自体がそもそも非難されるべきものだと考えていますし、実際のところ日本の朝鮮統治や台湾統治は、欧米の植民地統治に比べたらずっとマシなものだったと思っています。
だからと言って、「植民地にインフラ整備をしたのは日本だけだ」とか「植民地に大学を作ったのは日本だけだ」とか「植民地の人口が2倍にもなったのは日本だけだ」とか、そういう嘘を理由に、「日本の統治はいい統治だった!」とか「朝鮮台湾は植民地ではない!」とか言うのはただの無知・無恥です。
今更「日本の統治は欧米の植民地統治よりもマシだった!」と主張することに何の意味があるのかわかりませんが(比べてどうこうって話じゃないと思うんだがな)、そうやって主張したいのならもっとまともなこと言うべきですね。
あと、余談ですが、こんな嘘を堂々と言っているケント・ギルバートは、岡山理科大学(つまり加計学園!)の客員教授になりました。さらに、なんとあの上念司も同校の客員教授です。
こんなのを客員教授に迎えて、加計学園は何を考えてんですかね。加計学園問題の新たな暗黒面が垣間見えたように思います。
==追記==
もう1点、ケント・ギルバートの誤りを指摘しておきたいと思います。
ケントは「同じ侵略などではない。インドネシアやパラオの人たちは『日本軍の統治は良かった』と喜んでいた」と言っていますが、そもそもパラオは国連による委任統治領であり、日本はパラオを侵略していません。誰も「日本はパラオを侵略した」なんて言ってないんですよね。
それはともかくとして、「植民地の人々に武器を渡して軍事訓練をしたり(略)するのは、搾取が目的だった白人国家の『植民地支配』ではあり得なかった」という箇所。「軍事訓練をした」というのはインドネシアのことを指しているんでしょうが、それは日本に協力させて連合国と戦うため。アメリカが、ソ連と戦うためにアフガニスタンで、北ベトナムと戦うために南ベトナムで軍事教練したのと同じことでしょう。1次大戦にも多数のインド人がイギリス側で参戦しています。
「支配地域の人に軍事教練をした! 日本すげえ! 侵略じゃない」とか、意味不明
そんな主張は「アメリカはベトナムを侵略していない」と言える人だけがしてほしいですね。
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コメント
もしかして日本人は差別しない国民とか思っているのかな
当時は同胞であるはずの日本人の精神疾患の人たちを社会的排除していたのに
・韓国側から頼まれて併合した
・インフラ整備をしたのは日本だけ
この三つはデマのトライアングルですね。
デマを流してる連中はこの三つのデマをグルグル回っている。
・同化教育のための学校設立
・資源(人的を含む)の運搬のためのインフラ整備
は当たり前体操なんだ。
ネトウヨは植民地をなんのためのものだと思っているん?
自国の製品を売りつけるためには当然それを使うための土壌がないといけないわけで
加害者なのに被害者面…。
日本人って結構卑怯だよな。
もはや今、
本当の意味で「被害者面」をしているのは、
「何度も日本国から謝罪を受け、
日本国に賠償金の意味合いが強い【大金】をも
費やさせ、
それを受け取り終えた現代においても、
一向に反日を止めない『韓国人達』」
なんですよね(笑)。
それに、歴史を「加害者・被害者」って、
分け始めると際限もキリもなくて、例えば
「古代エジプトは、古代ギリシャ
(アレクサンダー大王)の『被害者』
(エジプト最後のプトレマイオス王朝は
ギリシャ人の王朝)であり、
尚且つ、古代ローマ帝国の『被害者』」です。
でもエジプト(人)は、ギリシャ(人)や
イタリア(人)に対して、
「オマエらは昔、エジプトでオレ達に
何をした?」
なんて言いませんけどねえ(笑)。
そんなふうに色々と考えると、
「結構卑怯」なのは、
あなたが言う「日本人」じゃなくて、……
「韓国人」の方だと思いますよ。
そもそも「両班以外がほぼ奴隷みたいだった」という発言の根拠がわからないし(ネットでそう言ってる奴らがいるだけで、そう考えるに足る根拠を見たためしがない)、植民地で平均寿命などが延びるのは他の植民地でも見られる普通のこと。
「暗国民ばっか教えるのは日本人ヘイト教育」だなんて馬鹿げている。君の言ってることは「戦争のおかげで科学が発展することもあるんだから、戦争は絶対悪だなんて教えるのは間違ってる」と同レベルの話。
外国人文献に見る具体的な描写
「朝鮮の災いのもとのひとつに、この両班つまり貴族という特権階級の存在がある。両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥じとはならず、妻がこっそりよその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。両班は自分では何も持たない。自分のキセルですらである。両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、大勢のお供をかき集められるだけかき集め引き連れていくことになっている。本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。従者たちは近くの住民を脅して、飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。」
「当時はひとつの道に44人の地方行政官がおり、そのそれぞれに平均400人の部下がついていた。部下の仕事はもっぱら警察と税の取り立てで、その食事代だけをとってみても、ひとり月に2ドル、年に総額で39万2,400ドルかかる。総員1万7,600人のこの大集団は『生活給』をもらわず、究極的に食い物にされる以外なんの権利も特典もない農民から独自に『搾取』するのである。」
— イザベラ・バード『朝鮮紀行』
外国人文献による具体的な描写-2
「朝鮮の貴族階級は、世界でもっとも強力であり、もっとも傲慢である」
「朝鮮の両班は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとく振る舞っている。大両班は、金がなくなると、使者をおくって商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金をだせば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行されて投獄され、食物もあたえられず、両班が要求する額を支払うまで鞭打たれる。両班のなかでもっとも正直な人たちも、多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。
なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつてないからである。彼らが農民から田畑や家を買う時は、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令は、一人もいない。」
「両班が首尾よくなんらかの官職に就くことができると、彼はすべての親戚縁者、もっとも遠縁の者にさえ扶養義務を負う。彼が守令になったというだけで、この国の普遍的な風俗習慣によって、彼は一族全体を扶養する義務を負う。もし、これに十分な誠意を示さなければ、貪欲な者たちは、自ら金銭を得るために様々な手段を使う。ほとんどの場合、守令の留守のあいだに、彼の部下である徴税官にいくばくかの金を要求する。もちろん、徴税官は、金庫には金が無いと主張する。」
「すると、彼を脅迫し、手足を縛り手首を天井に吊り下げて厳しい拷問にかけ、ついには要求の金額をもぎとる。のちに守令がこの事件を知っても、掠奪行為に目をつむるだけである。
官職に就く前は、彼自身もおそらく同様のことをしたであろうし、また、その地位を失えば、自分もそのようにするはずだからである。」
— マリ・ニコル・アントン・ダブリュイ『朝鮮事情』
補足
11番の内容は、李氏朝鮮王朝末期の朝鮮の状況。
補足
12番の内容も、李氏朝鮮王朝末期の朝鮮の状況。