<この記事で分かること>
- 刑法は「けしからん」「非常識な」行動を叱るためのものではなく、法益(個人的・社会的・国家的)を守るために存在すること。
- 刑法は「最終手段」であり、法益への侵害や危険がない限り犯罪化してはならず、必要最小限度の立法に限るべきであること(謙抑主義・法益保護原則)。
- 国旗損壊行為は、個人的法益・国家的法益には該当せず、社会的法益としても現実の社会秩序を乱すほどの頻発事例がなく、立法事実が欠如していること。
- 「誰も困らないから刑法を作ってもいい」という考え方は誤りで、治安維持法の歴史のように処罰範囲の拡大・言論弾圧につながる危険な発想であること。
刑法とは何かを根本から間違えた論
国旗損壊罪の危険性や誤りについて、ここまで2回見てきました。
それに対して、多くのコメントをいただいていますが、その中には刑法の基本的な考え方を根本から間違えているアホコメントも少なくありません。今回はその中でも特に興味深く重要なものを取り上げたいと思います。
「けしからん」から刑法犯罪にしろと言うアホ
前回、刑法とは「けしからん」ことを取り締まるものではないということを書いたわけですが、それに対してこのように反論が来ました。
>>なんで「けしからん」から取り締まれになってるのか分かってない?
>>誰もその「けしからん」に注意をしなくなったからだよ

>>そもそもマトモな頭の人は自作や私物で国旗を損壊しません。
>>だからヤバい人と分ける為にもこの法律は必要

>>(国旗損壊罪が必要ないというのは)
>>注意をする人がいて初めて成り立つ論理であって
>>誰も注意をしなくなってるからこうなってんだよ
驚いたことに、このアホは、刑法を「社会が注意しなくなった非常識な行動を、社会に変わって叱るもの」や「問題のある人物を区別するためのもの」だと考えているようです。はっきり言ってアホにもほどがありますが、同レベルのアホが騙されると困るので、今回はこのアホ発言を潰してみたいと思います。
(ちなみに、上記「ななしの読者さん」と「匿名」と「暇人X」は全て同一人物です)
そもそも刑法とは何のためにあるのか
このアホは刑法が「『けしからん』ことに注意するもの」、さらには「ヤバい人を見分ける」ためのものだと思ってるようですが、根本から間違っています。こんな理屈が通るなら、挨拶をしない、靴を揃えないなど「非常識」な行動が次々と刑法犯罪化されてしまいます。そんなバカな話はありません。
刑法とは、3つの「法益」を守るために存在します。(参照)
- 個人的法益:個人の生命、財産、名誉などを守るため。(殺人、窃盗など)
- 社会的法益:公共の秩序や安全を守るため。(賭博、薬物、通貨偽造など)
- 国家的法益:国家機能の維持を守るため。(公務執行妨害、偽証など)
立命館大学法学部教授の嘉門優氏は、法益についてこのように述べています。(参照)
「これまで刑法は法律の中で最も峻厳な制裁を定めたものであるから、『最終手段』 として用いられるべきであるとされてきた」つまり、いかに非常識な行動であろうと、法益保護に関係しない限り、刑法犯罪にしてはならないのです。この「刑罰権の行使を必要最小限に留めるべきであり、刑罰は最終手段としてのみ用い、他の手段で解決できる問題には刑法を適用しない」という考えを「謙抑主義」といいます。
「法益、ないし、法益関連性なければ犯罪なし」
「刑法は、たとえ法益を保護するためであっても、ただちに発動されるべきものではない。他の社会統制手段で間に合うのであれば、その手段に委ねられるべきだとされているのである」
「刑罰規定には、『法益に対する侵害、あるいは危殆化』の発生まで待つべきだと言われる」
「立法者は、その保護のための必要最小限度の立法のみをしなければならない」
例えば、『かんなぎ』という人気漫画でヒロインの設定に怒ったファンが単行本をビリビリに引き裂いてネット上にアップするという事件がありました。

はっきり言って常軌を逸した非常識な行動だと思いますが、どれだけ非常識であろうと、上記3つの法益保護のいずれにも当てはまらないので、このような行為は犯罪とはなりません。刑法とは非常識な行動を叱るためのものではなく、法益保護のために存在するものなのです。
国旗損壊罪はいずれの法益保護にも当てはまらない
では、国旗損壊罪はどの法益に当たるのでしょうか。 個人的法益には当たりません。 国家的法益にも当たりません。 せいぜい社会的法益ですが、国旗損壊罪が存在しないと社会秩序が崩壊しますか? 現実に、国旗損壊罪が存在しない今、国旗があちこちで燃やされて、日本社会の秩序が乱れていますか? そんな事実は一切ありませんよね。
日本国内で、日の丸が公の場で燃やされたことって歴史上何回あるんですかね? 私は40年前の沖縄の国体での事件しか知らないんですが、他にありますか? 日の丸に×が描かれたのも、つい最近の参政党への抗議活動での事例しか知らないんですが、他にありますか?
国旗損壊が頻発して社会秩序を乱しているという事実は存在せず、これを「立法事実がない」と言います。つまり、国旗損壊罪は、3つの法益保護のいずれにも該当しないため、それを刑法犯罪とするのは刑法の基本原則を破壊する危険極まりない法律となりうるわけです。
「誰も困らないからいいだろ」という間違い:治安維持法と同じ発想
このように、立法事実がないことを説明しても、別のアホがこう反論します。

>>国旗を燃やしたり×書いたり踏みつけたりする異常者はあまりに圧倒的少数なので、
>>法律作っても普通の国民は別に反対する理由が無い。
>>反対するのは反日左翼だけ
これは 「一般人に影響がないなら刑法を作っていい」 という主張ですが、完全に間違いです。このアホは刑法を100%根本から逆に考えています。上で引用した立命館大学法学部教授の嘉門優氏も述べている通り、刑法は「法益保護のための必要最小限度の立法のみをしなければならない」のであり、「作っても問題ないから作る」ものではありません。
既に述べた通り、刑罰は最終手段であり、必要最小限に留めなければならないという考え方を「謙抑主義」といい、これは現代刑法の基本原則の一つとされています。刑法は「絶対に作らないといけないから仕方がなく作る」ものであり、「反対する理由がないから作る」という発想は刑法の基本から完全に逸脱した、無知で無恥なバカ丸出し主張でしかありません。
この「普通の人には関係ないからいい」という発想で作られたのが、 治安維持法です。最初は 「共産主義者だけが対象だから問題ない」 と言われていたのに、あれよあれよと言論弾圧へと拡大しました。刑法立法において、 「自分は対象じゃないからOK」という思考は、 歴史的に見て最も危険な発想なのです。
前回も引用しましたが、ニーメラーの詩を再度引用しておきます。刑法を軽く考える人ほど、これを噛みしめるべきでしょう。
ナチスが共産主義者を連れさったとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから。刑法は非常識な行動を叱るためのものでもないし、ほとんどの人に関係ないから作ってもいいというものでもありません。
彼らが社会民主主義者を牢獄に入れたとき、私は声をあげなかった。社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員らを連れさったとき、私は声をあげなかった。労働組合員ではなかったから。
彼らが私を連れさったとき、私のために声をあげる者は誰一人残っていなかった。
刑法は法益保護を図るためのものであり、法益関連性のないものはいかに非常識だろうが刑法犯罪とすることは誤りであるし、拡大解釈を防ぐためには必要最小限度の立法に留めなければなりません。したがって、国旗損壊罪はどの観点から見ても、立法事実がなく刑法の基本的考えに反する悪法と糾弾せざるを得ないのです。
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コメント
事実、高市もこのブログのコメントにも沸く右翼も共産党への攻撃がひどいしな。
私は日本共産党の積極的な支持者なのでよくわかりますが、反共主義や反左翼なんてファシストの拠り所でしかないのです。
いずれも法益保護にも当てはまらないが正しいのでは?
ありがとうございます。「いずれの」の打ち間違いです。直しました。
「いずれも」ではなく「いずれの」でしたか。
自分でも書き込む前に少し違和感はあったんですが、こちらの指摘も間違っていてすみません。
馬鹿ウヨの言う事には、本当に整合性が無いんだよなあ。