<ざっくり言うと>
- 高須克弥氏、ゴルフで「僕は心は女性だから女性の部で出させろ」とトランスジェンダー選手を揶揄。
- そもそもスポーツでは「心は女性」と言えば女性の部で出られるなんてルールは存在しない。トランスジェンダー選手の出場が認めらる場合でもホルモンチェックなどが行われている
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ネットのLGBT中傷は酷いもので、つい先日も高須克弥氏が戸籍を女性から男性に変更した人に対し、記事も読まないまま心無い中傷を浴びせていたことを紹介しました。
今度はこんな酷いツイートをしています。
>>試しにエントリーしてみました。
>>もちろん断られました。
>>「僕の心は女性だぞ。差別するのか」と僕。
>>「倶楽部の偉い方に聞いてきます」
>>「やっぱりダメだそうです」
>>「差別するのか」
>>「はい。差別させていただきます」
>>これが品格のある正しい対応です。
「これが品格ある正しい対応です」って、では高須氏は自分の行動の品格についてはどう思っているのでしょう? 心身ともに男の高須克弥が、ただLGBTの揶揄のためだけに「僕の心は女性だぞ」と嘘をついて女性コンペに「試しにエントリー」しようとする。大変品格のない行動であり、本当に体が男性なのに心が女性で苦労している人に対する大変な侮辱であると思います。
既に何度も述べている通り、公衆浴場とか女性トイレのような女性スペースだって、「心は女性だ」と言えば自由に使えるようになるわけじゃありません。
スポーツの世界ではもともと性別検査があり、「心は女性だ」と言えばトランスジェンダー選手が女子の大会に出場できたわけじゃありません。ここで話題に上っているトーマス選手も「心は女性だ」と言って無条件に出場できていたわけではなく、テストステロン(男性ホルモン)の数値を基準以下にすることで出場が認められていました。
しかし、2022年6月に、国際水泳連盟は「12歳以前に性転換手術を受けた選手に限って女性の部の競技に出場することができる」という風にルールを改正したため、トーマス選手は今後の大会出場が認められなくなったのです。
今回は男性から女性になった選手の例でしたが、逆に女性から男性になり、男子の部での出場を希望していたのに出生時の性別で出場するというルールにより女子の部で出場することになった選手もいます。
ホルモンだけではなく骨格の問題もあるので、LGBTの出場に関するルールは、今まさに作られている最中なのです。
しかし、どのケースにおいても、「心は女性だ」と言えば女性で出場できるなんてルールは存在しません。
彼らはLGBT理解増進法に反対していますが、こういう連中がいるからLGBT理解増進法が必要なのだなと改めて認識させられます。
↓LGBT法連合会の事務局長による解説本
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ネットのLGBT中傷は酷いもので、つい先日も高須克弥氏が戸籍を女性から男性に変更した人に対し、記事も読まないまま心無い中傷を浴びせていたことを紹介しました。
今度はこんな酷いツイートをしています。
>>僕が会員のゴルフ倶楽部の女性コンペに僕が会員のゴルフ倶楽部の女性コンペに試しにエントリーしてみました。
— 高須克弥 (@katsuyatakasu) June 15, 2024
もちろん断られました。
「僕の心は女性だぞ。差別するのか」と僕。
「倶楽部の偉い方に聞いてきます
」
「やっぱりダメだそうです」
「差別するのか」
「はい。差別させていただきます」
これが品格のある正しい対応です。… https://t.co/uzwrRjVtA2 pic.twitter.com/KEzaMEQJcd
>>試しにエントリーしてみました。
>>もちろん断られました。
>>「僕の心は女性だぞ。差別するのか」と僕。
>>「倶楽部の偉い方に聞いてきます」
>>「やっぱりダメだそうです」
>>「差別するのか」
>>「はい。差別させていただきます」
>>これが品格のある正しい対応です。
「これが品格ある正しい対応です」って、では高須氏は自分の行動の品格についてはどう思っているのでしょう? 心身ともに男の高須克弥が、ただLGBTの揶揄のためだけに「僕の心は女性だぞ」と嘘をついて女性コンペに「試しにエントリー」しようとする。大変品格のない行動であり、本当に体が男性なのに心が女性で苦労している人に対する大変な侮辱であると思います。
既に何度も述べている通り、公衆浴場とか女性トイレのような女性スペースだって、「心は女性だ」と言えば自由に使えるようになるわけじゃありません。
スポーツの世界ではもともと性別検査があり、「心は女性だ」と言えばトランスジェンダー選手が女子の大会に出場できたわけじゃありません。ここで話題に上っているトーマス選手も「心は女性だ」と言って無条件に出場できていたわけではなく、テストステロン(男性ホルモン)の数値を基準以下にすることで出場が認められていました。
しかし、2022年6月に、国際水泳連盟は「12歳以前に性転換手術を受けた選手に限って女性の部の競技に出場することができる」という風にルールを改正したため、トーマス選手は今後の大会出場が認められなくなったのです。
今回は男性から女性になった選手の例でしたが、逆に女性から男性になり、男子の部での出場を希望していたのに出生時の性別で出場するというルールにより女子の部で出場することになった選手もいます。
ホルモンだけではなく骨格の問題もあるので、LGBTの出場に関するルールは、今まさに作られている最中なのです。
しかし、どのケースにおいても、「心は女性だ」と言えば女性で出場できるなんてルールは存在しません。
彼らはLGBT理解増進法に反対していますが、こういう連中がいるからLGBT理解増進法が必要なのだなと改めて認識させられます。
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コメント
成人するまでに男性ホルモンで男性としての体格が作られているのですから体が出来上がった後に女性として競技に出れば有利なのは当たり前です。
戸籍を女性に変更するまでは人間として認められるべきだという考えは妥当性がありますがスポーツで女性部門に参加したがるのは間違っています。
⚪︎人権として
>成人スポーツでホルモン等のチェックをしても競技の公平性を確保できないことは常識ですよ。
常識でしょうか?
テストステロン(男性ホルモンの一種)が加齢とともに低下すると、筋肉量も筋力も低下することが知られています。
(基礎代謝の低下が起こる主たる要因の一つです。)
つまり、筋肉量維持や質の維持には性ホルモンが必須であることも、「常識のレベル」でわかっているわけです。
一旦男性としての筋肉を獲得したからと言って、それを性ホルモンなしで維持できるわけではありません。
競技団体はその点を考慮して、血中ホルモン濃度などを判断材料の一つにするのだと思います。
それでも公平性がないという主張をするなら、それを裏付けるデータの提示が必要だと思われます。
(高須が医師なら、医学的な議論をすべきでしょうに)
「彼らはLGBT理解増進法に判定していますが、こういう連中がいるからLGBT理解増進法が必要なのだなと改めて認識させられます。」
は、
「彼らはLGBT理解増進法に反対していますが、~」
ですね。
「スポーツの世界ではもともと性別検査があり、『心は女性だ』と言えばトランスジェンダー選手が助詞の大会に出場できたわけじゃありません。」は
「~女子の大会に出場できたわけじゃありません。」
ですね。
包けー煽りの広告打ちまくって一儲けしたと
武勇伝のように語る輩だからね
残念ながら免許は持ってるが
性根は医者とは真逆なんだから品性を求めても仕方ない
ありがとうございます。直しました。
的外れです。元男性がスポーツで女子部門に参加することの是非と、高須の下劣な言動は別問題です。
海外からどう見られるかまだ理解していないのか…
人の気持ちに寄り添うことが全く出来ない、悪い意味で日本人らしく金持ちらしい人間ですね。
こういうLGBT叩き、ひいてはネット上でも良く見られる女叩きや弱男だ弱男だギャーギャー言っている様な連中ってどういう訳かマイノリティがあたかも特権層であるかのような妄想を作り上げてそれを現実だと思い込み、指摘されたら逃げを打つか的外れな暴言で反論した気になるので社会にとって危険な存在以外の何者でもないんですよね。
そういう分断こそがまさしくこいつらのような政治家や金持ち共の思う壺であるということにいい加減気づけ。
公衆トイレや不特定多数が入る浴場、スポーツ競技なんかは肉体の性別で区分けされるに決まっているでしょう
職場のトイレなど、使う人が顔見知りで限られている場合のみ、性同一性障害の方が肉体の性別とは違うトイレを使っているのに
何かにつけ難癖をつけ、誹謗中傷を繰り返す輩は完全におかしい
自分がもし、その立場になったらとか考えられない
完全に自分本位の考えです
もっと言えば「差別が差別だと認識すらされていなかった」
カテゴリーの人々への差別が法的に禁止された場合は
社会の方も変化を余儀なくされるのです。
部落差別が禁止されてからの近代日本社会
女性参政権が認められてからの戦後日本社会
の変化を考えてみればよい。
いわゆる自称「保守」の人々は
自分には考えたくないことは考えない権利がある
と勘違いしているのではないかな?
五箇条の御誓文に
「旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし」
とあります。
自称「保守」の方々は
トランスジェンダーに対する自身の考えや感情や行動様式が
「旧来の陋習」
ではないかどうか、自問していただきたい。