<ざっくり言うと>
  • ナザレンコ・アンドリー、桜ういろうが負けたときは「桜ういろうの敗訴!」と喜んでいたのに、暇空茜が負けたときは「暇空敗訴」を掲げた人たちを「自分に中身がなく、他者の足を引っ張ることのみがアイデンティティになっている。普通の人は『勝訴』と自分の成功を強調するが、左派は相手の失敗しか喜べぬ」と非難する見事なブーメランを投げる。
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↑↓こんなにもきれいなブーメランを投げられるものなのか。
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ナザレンコ・アンドリー、以前こんなこと言ってたんですね。
>>暇空茜の裁判で、桜ういろうの敗訴!

「暇空茜の勝利」ではなく「桜ういろうの敗訴」って言っていました。

では、別の裁判で暇空茜が敗訴したときの反応を見てみましょう。
>>普通の人は「勝訴」と自分の成功を強調するが、左派は相手の失敗しか喜べぬ。

超絶ブーメラン!!

自分と対立する桜ういろうが敗訴したら「桜ういろうの敗訴」と喜び、自分が応援する暇空茜が敗訴したら、「暇空敗訴」を掲げる人たちを「自分に中身がなく、他者の足を引っ張ることのみがアイデンティティになっている」「普通の人は『勝訴』と自分の成功を強調するが、左派は相手の失敗しか喜べぬ」と非難。


ナザレンコの主張に従えば、ナザレンコこそ、自分に中身がなく、他者の足を引っ張ることのみがアイデンティティになっていて、左派は相手の失敗しか喜べない人間ですよね。というか、このツイート自体が「左派」を引っ張ることがナザレンコのアイデンティティになってることを証明していますね。


そもそも、一方的に暇空茜がColaboにデマを吐いて弾き返されたんだから、「暇空敗訴」で正しいんですよね。


例えば何らかの権利関係などを対等な関係で争ったのなら自分の「勝訴」ですが、暇空の場合、Colaboと全く関係ない暇空が勝手に言いがかりをつけてきて勝手に弾き返されたんだから、暇空敗訴で合っているんですよ。Colaboからしたら何かを得たわけでもなんでもない。「Colabo勝訴」じゃなくて「暇空敗訴」こそ正しい表現ですよ。


なお、ナザレンコ自身は桜ういろうに敗訴しております。



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